効率と幸福

なんか最近、合成の誤謬がやたらに目に付く感じがする。合成の誤謬は元々経済学かなにかの用語で、個々が良くなるように行動すると全体はむしろ悪いほうに変化する、というもの*1。自分が幸せになるために効率的に動こうとすると全体としての効率はむしろ下がってしまう、という状態が結構気にかかってしまってしょうがない。
例をあげてみる。
例えば電車の乗り降り。我先に乗ろう(降りよう)とするオバハンとかがいると乗り降りする人たち全体はむしろ乗り降りに時間がかかったりする。みんなが我先に、とやりだすともう収拾が付かない→電車が遅れる→余計イラつく→余計我先に→無限ループ…
例えば早期退職制度。某V字復活を成し遂げた自動車メーカーが最近また人員削減をやった。これもその会社単体だと効率化なのかもしれないけれど、そのマインドが関係会社に波及することによるデメリットは以外と大きいんじゃないかと思っている。失業者増やしてどうする?つか別に人員削減するほど困ってないじゃん。第一戦略ミスったのは人員削減する側だろーが(とかいう
例えば大統領選挙。フランスでは効率化をかかげる候補が勝ったわけだけど、それって結局弱者が不幸になるだけなんじゃないかと思っている。元は福祉の国なのに、気が付けば弱肉強食の国に様変わりですよ。もっとも私はサルコジ氏のスタンスが嫌いだから余計そう思うのかもしれないけれど。移民敵視する当の本人が移民の子孫ってところがダブルスタンダードで嫌。アメリカ人大統領を見てるみたいでとても嫌。
話がそれた。
結構口ではWin-Winな関係といいつつ、そんなことこれっぽっちも思っていない人間が多すぎるんだよな。効率化がWin-Winな関係を生み出すことはないんじゃないのかな?と思っているんだよね。気が付いたらWin-Winな関係に「なっていた」というのが本当の幸福であり、それは一種の不効率から生まれると思うんだが。
まぁ、もっとも合成の誤謬を押さえ込むことに成功している国、中国ってのがあるからなぁ。汚職で個人が設けたり、工業用塩を食塩として売ってぼろもうけしたりする、とかいうめちゃくちゃっぷりを発揮している割には国自体が一応成長しているし。*2

*1:だったと思うw

*2:公式発表の成長率があっていれば、だが。